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犠牲者の席と加害者の席

犠牲者の席と加害者の席についてお話ししたいと思います。
皆さんは日常を生きる上でこの犠牲者の席と加害者の席があるのをご存知でしょうか?
私は最近まで知りませんでした。
これはとても居心地がいい反面、とても危険な席なんです。
気がつくと、つい座りたくなり長居したくなる席なんですよ!笑

では早速詳しくこの席について簡単にお話ししますね。
まず犠牲者の席!これ大人気なんです!笑
多くの人が争って座りたがる席です!

これはどんな席かというと、「私ってかわいそう・・・」って堂々と言える席なんです。笑
「私はあの人のせいでかわいそうな人なんだ、悪いのは私ではなく・・・あいつなんです!かわいそうでしょ?ねぇ?あなたが悪いんだからねっ!」って相手に私の不幸は全部あなたの責任ですよっ!って言える特等席なんです。笑
どうでしょう・・・座りたいですか?笑

でもね、この特等席・・・危険なんです・・・とっても・・・
同情は集まるんです・・・いっぱい・・・そして偽の愛を感じられるんです。
でもね、満足感ないんです・・・だって偽物の愛だから・・・この席とっても怖いんです。
中毒性もあるんですよ・・・偽物で満足できないから。
同情だから効果が切れるのも早いんです。少し経つと切れるんです。禁断症状に襲われるんです。麻薬中毒と一緒ですね。
禁断症状が出るとどうすると思いますか?

また摂取したいと思いますよね?
そして同情という偽の愛を求めて、再度その特等席に座るんです。
偽の愛にズーーーっと繋がっていたくなるんです。
本当の愛を知らないから。満足しないから・・・怖いでしょ?


そしてこの不幸だけど、相手を非難できる特等席に座るためには一つ条件があるんです!
なんだと思われますか?

はい、それは「私ってかわいそう・・・」という不幸になることです!
そして私を不幸にしてくれる人、加害者さんが必要なんです!
だんだん見えてきましたね、犠牲者の席の全貌が・・・笑

もう一つ恐ろしいことがありまして・・・どんだけあるんだっ!笑
それは同情という偽の愛は薬と一緒で使いすぎると、効きが悪くなるんです。
つまりもっと強い不幸という薬が必要になるんです!怖いでしょ?笑
そしてどんどん、自分を不幸な状況にしていくしかなくなるんです!

自分では気がつかないんですよ、この席に座りたいと自ら渇望して座っていることを。
そしてどんどん、どんどん自分を痛めつけていくんです。
ただこの人の顕在意識では自分が望んで招いた心理状態に全く気がつけないので、周りで反応してくれる人に必死に訴えかけるんです!「助けて〜〜、私は犠牲者なの!かわいそうなの!私を見捨てる気?あなたもひどい人なの?!薄情者!私を愛しなさいよ!これだけ私が不幸なのに・・どうしてくれるの?助けなさいよ!」って。

これに反応する人!一番に反応してくれる人が加害者の席に案内されるんです!笑
大体・・・他人を優先するいい人を演じてきた外面のいい人には、この席が光って見えたりします。
または犠牲者の人に直接スカウトされたり・・・座らないなんてひどい人って批判されちゃうと・・・罪悪感に苛まされて座るんです。
そして座ったら最後!笑(本当は最後じゃないけど・・・笑)
自分が加害者の席に座った事に気が付くまで、犠牲者意識の人と犠牲者意識の席を取り合うのです。おめでとうございます、不幸の仲間入りです!笑

加害者の席は大体、窮屈です。座りごごちはよくないんです。笑
プラスチックで、背もたれもなく、トゲトゲしている事もあり、長く座っていたくない席なんです。でもなかなか立てないんです。
罪悪感というシートベルトが付いているから・・・このベルト外れないんですよ。
なかなかの曲者で・・・笑
取ろうとすると・・疼くんです・・・とったらかわいそうだよ、立ったりしたらあの苦しんでいるかわいそうな人を見捨てる事になるんだよ。わかる?かわいそうな人を見捨てる事になるんだよ?良心が痛むでしょ?
だったら・・・自分が我慢して座っていた方がいいよ。
周りの人も私が悪いというし、批判されるのは私だし・・・常識的にずれているのは自分だし・・・って思い込んじゃう・・・笑
おしり痛いけど、すごい不本意だけど、窮屈だけど、私が悪いんだから・・・我慢して座っていよう。

これが加害者の席の概要です。
実際に加害者の席に座ると、何か犠牲者の常識・意向から外れる行いをした場合世間からの批判、咎めを受けたり、実際は受けていないのに受けていると思い込んで自分を悪い人間だと思い込み、最終的には精神に異常を来たすことがあります。

ではちょっとした例を出して話を進めたいと思います。
犠牲者の席と加害者の席は、夫婦、親子、家族間で最も起こるのではないかと思います。
例えば、奥さんが犠牲者の席に座ったとします。
もちろん加害者の席には旦那です。(逆でもいいんですけど)
そして奥さんは、犠牲者の席の特権を使い出します。
「私の旦那は収入が低い上に、生活費を入れてくれない・・・家事も育児もしてくれない・・借金の肩代わりもしたのに・・・暴力も振るう・・・浮気もしている・・・私の人生・・・なんで?こんなにかわいそうなの?なんで?ねぇ?ひどいでしょ?あの人?最低なの・・・私の人生、あの人のせいで台無しで絶望しかない、死にたい・・・助けて、誰か・・・私の話を聞いてよ!・・・」

そうすると、最初は周りの人間は反応してくれます!
「それはかわいそうだ!助けなきゃ!そんな旦那さんはひどいな!悪いやつだ!批判されるべきだ!旦那はどうしようも無いな」って。
でもその同情の要求が2、3回になると・・・「うーーん、助けようにもね・・・夫婦の喧嘩は犬もねぇ・・・頑張ってよ・・助けられないし・・・弁護士に相談すればいいのに、別れたらいいのに・・・」って徐々に周囲はクールダウン&フェードアウトします。

そしてもっとみんなが反応してくれる危ない自己犠牲を作り出すしかなくななっていくのです・・・

一方加害者の席の旦那はというと、もちろん批判され、責められた事に心を閉じます。
そしてますます罪悪感はエスカレートします。心の中は自責の念でいっぱいになります。私は罪深い人間だ!最低最悪だ・・・!全部悪いのは私だ!私は存在していてはいけない人間だ・・・いっそのこと死にたい・・・って。

犠牲者の席の奥さんは、自分を不幸にしながらも、心の奥底では勝利を感じています。自分を苦しめた旦那を時に周囲の力を借り、責め、死にたいと思わせている。
自分は不幸だけど・・・私は勝ったのだ!あの憎き夫に!

これが犠牲者の席と加害者の席の概要です。
もちろん役回りは逆でも、別のバージョンでもいいんです。
とにかく負のスパイラル、誰も幸せを享受できない悲しい世界。

本当はそんな事したいと願って人生を生きているんじゃないですよね?
本当はただ幸せを感じて生きていたい。
自分自身、旦那もしくは誰かと心からつながり、幸せを享受していたいんですよね。
わかります。

だったらどうするのか?どうすればいいの?って話ですけど・・・
簡単です!
自分に気がつき、理解し、受け入れる!
やっぱりこれだけなんです!
この自分が犠牲者の席、もしくは加害者の席に座っている事に気がつき、立ち上がる事です。
そして自分の人生を生きる事なんです。
犠牲者なら、犠牲者意識の自分に「わかる」と理解を示し、許す。
加害者なら、自分が相手のルールに沿った生き方をしてきたことに気がつき、また自分を四六時中責めている事に気がつき、その気持ちを「わかる」と理解し、許す。
そして両人とも気がついた順に席を立ち上がり、歩むのです。
自分の幸せな人生を。
そして時に疲れたら、座るのです。犠牲者の席でもなく、加害者の席でもない、ただの椅子に。事実の椅子、素直な自分自身の椅子に座るのです。
つまりこの不幸の関係性に終止符を自らが打つのです!

次回は、この犠牲者意識の席に座る理由についてお話しできればと思います。
ありがとうございました。

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